後輩の名前は、木村といった。
入社三年目、25歳。いつも少し猫背で、誠に懐いていた。
木村のパソコンが壊れたのは、木曜の午後だった。
「田中さん、またやっちゃいました」
「何をやったの」
「なんか、変なソフト入れたら動かなくなって」
誠は木村の席に行った。画面を見た。三分でわかった。
「これ、一時間もあれば直るよ」
「ほんとですか、助かります」
仕事が終わった後、誠は木村のパソコンを直した。
五十分で終わった。
木村は何度もお礼を言った。
翌日の朝、誠の机に紙袋が置いてあった。
中に、缶コーラが六本と、小さなメモが入っていた。
田中さんへ。昨日はありがとうございました。実家から送ってきたみかんもあります。後で持ってきます。木村
誠はメモを読んだ。
もう一度読んだ。
悪くない。
その週末。
誠は近所をぶらぶらした。
いつもはコンビニで全部済ませていた。
今日は、商店街を歩いてみた。
八百屋があった。
店先に、不揃いのトマトが安く並んでいた。
規格外だから安い、と書いてあった。
誠はトマトを買った。
現金で払った。
おじさんが「ありがとう」と言った。
レジの音がしなかった。
これが、通過しない取引か。
大したことではなかった。
でも、何かが少し違った。
夜、スマホが光った。
母親からLINEだった。
「誠、今月も少し送ろうか?」
誠はいつも既読だけつけて、放置していた。
今日は、少し考えた。
なんで素直に受け取れないんだろ。
眞子の言葉を思い出した。
それとこれとは、別の話だよね。
住民税に怒ることと、母親の気持ちを受け取ることは、別の話だ。
誠はLINEを開いた。
「ありがとう。今月は大丈夫。でも、たまに電話するよ」
送信した。
しばらくして、母親から返信が来た。
「待ってるね」
それだけだった。
誠はスマホを置いた。
胸の奥が、腐る感じがしなかった。
月曜の昼休み。
眞子は窓際にいた。
誠は向かいに座った。
「やりました」
「何を?」
「木村のパソコン直したら、みかんもらいました」
眞子は少し笑った。
「他には?」
「商店街で現金使いました。おじさんにありがとうって言われました」
「他には?」
誠は少し間を置いた。
「母親のLINEに、ちゃんと返信しました」
眞子は箸を止めた。
「それが一番大事なやつだよ」
誠は缶コーラを飲んだ。
「なんでわかるんですか」
「見える範囲の話、覚えてる?」
「触れる範囲を幸せで満たす」
「一番近くにいる人を、ちゃんと受け取る。それが最初の一歩だから」
誠は窓の外を見た。
今日は晴れていた。
「眞子さん」
「うん」
「俺、何か変わってきてる気がします」
眞子は弁当箱を閉めた。
「気がするんじゃなくて、変わってるよ」
「どこが?」
眞子は立ち上がりながら言った。
「封筒、捨てなくなったでしょ」
誠は少し笑った。
「なんで知ってるんですか」
「コナンくんだから」
そう言って、眞子は先に出て行った。