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第七章

缶コーラ以上のもの

後輩の名前は、木村といった。

入社三年目、25歳。いつも少し猫背で、誠に懐いていた。

木村のパソコンが壊れたのは、木曜の午後だった。

「田中さん、またやっちゃいました」

「何をやったの」

「なんか、変なソフト入れたら動かなくなって」

誠は木村の席に行った。画面を見た。三分でわかった。

「これ、一時間もあれば直るよ」

「ほんとですか、助かります」

仕事が終わった後、誠は木村のパソコンを直した。

五十分で終わった。

木村は何度もお礼を言った。

翌日の朝、誠の机に紙袋が置いてあった。

中に、缶コーラが六本と、小さなメモが入っていた。

田中さんへ。昨日はありがとうございました。実家から送ってきたみかんもあります。後で持ってきます。木村

誠はメモを読んだ。

もう一度読んだ。

悪くない。


その週末。

誠は近所をぶらぶらした。

いつもはコンビニで全部済ませていた。

今日は、商店街を歩いてみた。

八百屋があった。

店先に、不揃いのトマトが安く並んでいた。

規格外だから安い、と書いてあった。

誠はトマトを買った。

現金で払った。

おじさんが「ありがとう」と言った。

レジの音がしなかった。

これが、通過しない取引か。

大したことではなかった。

でも、何かが少し違った。


夜、スマホが光った。

母親からLINEだった。

「誠、今月も少し送ろうか?」

誠はいつも既読だけつけて、放置していた。

今日は、少し考えた。

なんで素直に受け取れないんだろ。

眞子の言葉を思い出した。

それとこれとは、別の話だよね。

住民税に怒ることと、母親の気持ちを受け取ることは、別の話だ。

誠はLINEを開いた。

「ありがとう。今月は大丈夫。でも、たまに電話するよ」

送信した。

しばらくして、母親から返信が来た。

「待ってるね」

それだけだった。

誠はスマホを置いた。

胸の奥が、腐る感じがしなかった。


月曜の昼休み。

眞子は窓際にいた。

誠は向かいに座った。

「やりました」

「何を?」

「木村のパソコン直したら、みかんもらいました」

眞子は少し笑った。

「他には?」

「商店街で現金使いました。おじさんにありがとうって言われました」

「他には?」

誠は少し間を置いた。

「母親のLINEに、ちゃんと返信しました」

眞子は箸を止めた。

「それが一番大事なやつだよ」

誠は缶コーラを飲んだ。

「なんでわかるんですか」

「見える範囲の話、覚えてる?」

「触れる範囲を幸せで満たす」

「一番近くにいる人を、ちゃんと受け取る。それが最初の一歩だから」

誠は窓の外を見た。

今日は晴れていた。

「眞子さん」

「うん」

「俺、何か変わってきてる気がします」

眞子は弁当箱を閉めた。

「気がするんじゃなくて、変わってるよ」

「どこが?」

眞子は立ち上がりながら言った。

「封筒、捨てなくなったでしょ」

誠は少し笑った。

「なんで知ってるんですか」

「コナンくんだから」

そう言って、眞子は先に出て行った。


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