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第六章

見える範囲

一週間が、思ったより長かった。

誠は毎朝、郵便受けを見るようになった。

今まで溜めていたのが嘘みたいだった。

封筒を一枚一枚開けて、読んだ。

NHKの受信料、6ヶ月分。

スマホの明細、細かいオプションが三つついていた。使った記憶がなかった。

知らないうちに、いろんなところから取られてる。

怒りではなかった。

ただ、見えてきた。


昼休み。

眞子は今日も窓際にいた。

誠は向かいに座るなり言った。

「一週間待ちました」

眞子は笑った。

「真面目だね」

「じゃあ、どうすればいいんですか」

眞子は弁当箱を開けた。今日は玄米だった。

「田中くん、物々交換の話、覚えてる?」

「先週聞きました」

「したことないって言ってたよね」

「ないです」

「でも、してるよ」

誠は首を傾けた。

「してないですよ」

「職場で誰かに親切にしたこと、ある?」

「まあ、あります」

「そのとき、何か返ってきた?」

誠は少し考えた。

「後輩のパソコン直してあげたら、缶コーヒーもらいました」

「それ、物々交換」

誠は黙った。

「お金を介してないだけで、価値は交換されてる。それが本来の姿なんだよ」

「でも、それだけじゃ生きていけないですよね」

「今はね」と眞子は言った。「でも、割合を変えることはできる」

「割合?」

眞子は箸を置いた。

「全部をお金で解決しようとしない。できることは自分でやる。持ってるものを分ける。困ってる人を助ける。そうすると、不思議と返ってくる」

誠はコーラを飲んだ。

「きれいごとに聞こえます」

「そうだね」と眞子は言った。あっさりと。「でも、試したことある?」

誠は黙った。

ない。

一度もない。

「田中くんはさ」と眞子は言った。「幸せってどの範囲にあると思う?」

「範囲?」

「テレビの中?ネットの中?それとも、触れる範囲?」

誠は考えた。

窓の外を見た。曇り空だった。

「触れる範囲、ですかね」

「そう」と眞子は言った。「見える、触れる、嗅げる範囲。そこが全部。そこを幸せで満たせたら、それで充分なんだよ」

誠はしばらく黙った。

社食のざわめきが、また少し遠くなった。

「でも」と誠は言った。「世の中の仕組みとか、税金とか、マイナカードとか、知らなくていいんですか」

眞子は誠を見た。

「知らなくていいとは言ってない」

「じゃあ、どっちですか」

「両方」と眞子は言った。「森全体を見る目を持ちながら、自分の足元の草を育てる。コナンくんはね、事件の構造を全部わかってても、ちゃんとご飯食べて、ちゃんと眠るでしょ」

誠は少し笑った。

初めて、この会話の中で笑った。

「確かに」

「振り回されないってそういうことだよ。仕組みが見えてるから、怖くない。怖くないから、自分の暮らしに戻れる」

チャイムが鳴った。

眞子は立ち上がった。

誠も立ち上がった。

「眞子さん」

「うん」

「物々交換、やってみます」

眞子は少し振り返った。

「何から?」

誠は少し考えた。

「後輩のパソコン、また壊れてるんで」

眞子は笑った。

今日は一番長く笑った。


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