一週間が、思ったより長かった。
誠は毎朝、郵便受けを見るようになった。
今まで溜めていたのが嘘みたいだった。
封筒を一枚一枚開けて、読んだ。
NHKの受信料、6ヶ月分。
スマホの明細、細かいオプションが三つついていた。使った記憶がなかった。
知らないうちに、いろんなところから取られてる。
怒りではなかった。
ただ、見えてきた。
昼休み。
眞子は今日も窓際にいた。
誠は向かいに座るなり言った。
「一週間待ちました」
眞子は笑った。
「真面目だね」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
眞子は弁当箱を開けた。今日は玄米だった。
「田中くん、物々交換の話、覚えてる?」
「先週聞きました」
「したことないって言ってたよね」
「ないです」
「でも、してるよ」
誠は首を傾けた。
「してないですよ」
「職場で誰かに親切にしたこと、ある?」
「まあ、あります」
「そのとき、何か返ってきた?」
誠は少し考えた。
「後輩のパソコン直してあげたら、缶コーヒーもらいました」
「それ、物々交換」
誠は黙った。
「お金を介してないだけで、価値は交換されてる。それが本来の姿なんだよ」
「でも、それだけじゃ生きていけないですよね」
「今はね」と眞子は言った。「でも、割合を変えることはできる」
「割合?」
眞子は箸を置いた。
「全部をお金で解決しようとしない。できることは自分でやる。持ってるものを分ける。困ってる人を助ける。そうすると、不思議と返ってくる」
誠はコーラを飲んだ。
「きれいごとに聞こえます」
「そうだね」と眞子は言った。あっさりと。「でも、試したことある?」
誠は黙った。
ない。
一度もない。
「田中くんはさ」と眞子は言った。「幸せってどの範囲にあると思う?」
「範囲?」
「テレビの中?ネットの中?それとも、触れる範囲?」
誠は考えた。
窓の外を見た。曇り空だった。
「触れる範囲、ですかね」
「そう」と眞子は言った。「見える、触れる、嗅げる範囲。そこが全部。そこを幸せで満たせたら、それで充分なんだよ」
誠はしばらく黙った。
社食のざわめきが、また少し遠くなった。
「でも」と誠は言った。「世の中の仕組みとか、税金とか、マイナカードとか、知らなくていいんですか」
眞子は誠を見た。
「知らなくていいとは言ってない」
「じゃあ、どっちですか」
「両方」と眞子は言った。「森全体を見る目を持ちながら、自分の足元の草を育てる。コナンくんはね、事件の構造を全部わかってても、ちゃんとご飯食べて、ちゃんと眠るでしょ」
誠は少し笑った。
初めて、この会話の中で笑った。
「確かに」
「振り回されないってそういうことだよ。仕組みが見えてるから、怖くない。怖くないから、自分の暮らしに戻れる」
チャイムが鳴った。
眞子は立ち上がった。
誠も立ち上がった。
「眞子さん」
「うん」
「物々交換、やってみます」
眞子は少し振り返った。
「何から?」
誠は少し考えた。
「後輩のパソコン、また壊れてるんで」
眞子は笑った。
今日は一番長く笑った。