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第四章

通過料

「物々交換、ないです」と誠は言った。「したことないです、大人になってから」

「そうだよね」と眞子は言った。「みんなそう」

眞子は弁当箱を閉めた。

「ねえ、マイナカード持ってる?」

「持ってます。作らないといけない雰囲気だったから」

「使ってる?」

「あんまり」

「政府がマイナカードを普及させたがってる理由、考えたことある?」

誠はコーラを飲んだ。

「便利にするため、じゃないんですか」

「誰にとって?」

誠は答えられなかった。

眞子は続けた。

「クレジットカードって、使うたびに手数料が引かれてるの、知ってる?」

「お店が払うやつですよね」

「そう。だいたい2%から3%。100円の買い物で、2円から3円がカード会社に流れる」

「まあ、少ないですね」

「日本全体の個人消費は、年間300兆円くらい」

誠は少し考えた。

「300兆円の3%って」

「9兆円」と眞子は言った。静かに、ただ言った。

誠は黙った。

9兆円。

毎年、9兆円が、気づかれないまま、どこかに流れている。

「現金をなくしたがってる理由、わかった?」と眞子は言った。

「現金で取引されちゃうと、手数料が取れないから」

「そう。それに現金取引は、他人には把握できない。だから邪魔なの」

誠はテーブルの上の缶コーラを見た。

コンビニで130円で買った。カードで払った。

その瞬間、何円かが、どこかに流れていた。

「マイナカードは」と誠は言った。「もっとひどいんですか」

「マイナカードはね」と眞子は言った。「お金だけじゃない。健康保険証、免許証、銀行口座、税金、医療記録。全部一つの番号に紐づける」

「それの何が」

「全部見える」と眞子は言った。「誰に何を買ったか、どこで何をしたか、いくら持ってるか。一枚の机の上に、全部並ぶ」

誠は少し黙った。

「でも、悪いことしてなければ、関係ないんじゃ」

眞子は誠を見た。

「田中くん、コナンくんの話、覚えてる?」

「俯瞰してみる、ですよね」

「そう。コナンくんはね、情報を持ってる人が強いって知ってる。犯人がなぜ強いかって、自分だけが真実を知ってるから」

誠は黙った。

「情報を全部持ってる側と、全部見られてる側。どっちが強い?」

答えは出なかった。

出なかったけど、わかった。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

立ち上がりながら、誠は言った。

「眞子さん、なんでそんなこと知ってるんですか。また答えてくれないと思うけど」

眞子は弁当袋を持って立ち上がった。

今日は、少しだけ答えた。

「昔、いろんなものを失ったから」

それだけ言って、先に社食を出た。


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