その夜、誠はソファに座って封筒を開けた。
ちゃんと読んだことがなかった。いつも数字だけ見て、捨てていた。
住民税、58万円。
その下に、細かい内訳が並んでいた。
所得割、均等割。
誠はスマホで検索した。意味がわかった。わかったところで、どうにもならなかった。
次に、去年の源泉徴収票を引っ張り出した。
年収は680万円だった。
電卓を叩いた。
所得税、住民税、社会保険料。全部足した。
年間270万円。
手元に残るのは410万円。月に直すと34万円。
家賃、食費、光熱費、通信費。引いていくと、残るのは月6万円だった。
俺、年収680万なのに、月6万しか自由に使えないのか。
スマホが光った。
母親からLINEだった。
「誠、今月も少し送ろうか?」
誠は既読をつけた。
今日は、既読だけつけた。
翌日の昼休み。
誠は社食で眞子を探した。
いた。窓際の席で、一人で弁当を食べていた。
向かいに座った。
「計算しました」
眞子は顔を上げた。
「年収680万で、手元に残るのが月6万でした」
眞子は少し間を置いた。
「で、誰に怒った?」
「誰にも怒れなかった」
「なんで?」
誠はコーラを一口飲んだ。
「包丁に怒っても意味ないって、昨日思ったから」
眞子は少し笑った。
「成長じゃん」
「全然嬉しくないです」
眞子は弁当箱から卵焼きを一切れ取った。
「ねえ田中くん、お金って何だと思う?」
「稼ぐもの」
「それは動詞。お金そのものは何?」
誠は考えた。
「価値を交換するもの?」
「そう」と眞子は言った。「交換の道具。それだけ」
「それだけ、って」
「道具が目的になったとき、おかしくなるんだよ」
誠はまた考えた。うまく飲み込めなかった。
「たとえば」と眞子は続けた。「田中くんが誰かのパソコン直してあげたとする。お礼にご飯おごってもらった。それって、お金使ってないけど、価値は交換されてるよね」
「まあ」
「でも今の社会は、その交換を全部お金に変換させようとする。お金を通さないと交換できない仕組みにしてある」
「なんで?」
眞子は卵焼きをもう一切れ取った。
「通過するたびに、少しずつ取れるから」
誠は黙った。
社食のざわめきが、少し遠く聞こえた。
「眞子さん」と誠は言った。「なんでそんなこと知ってるんですか」
眞子は答えなかった。
代わりに、こう言った。
「田中くん、物々交換ってしたことある?」