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第四章

痕跡

東京に戻ったのは日曜の夕方だった。

部屋に入って、ザックを下ろした。

床には、まだ付箋と記事と、三冊のノートがあった。

奥多摩に行く前と、何も変わっていなかった。

でも、エマが変わっていた。


夕食を作りながら、考えた。

二年前に来た男。

老人は名前を言わなかった。エマも聞かなかった。

同じ目、と老人は言った。

あの祠の記号を見てわかる人は久しぶりだ、とも言った。

つまりその男も、あの記号を見てわかった。

どういう意味で、わかったのか。

エマはわかったのか。

わからなかった。

でも、知っている形だった。それは確かだった。


食後、ノートを開いた。

奥多摩のページに、記号を描いた。

記憶で描いた。

螺旋。星。見たことのない文様。

描きながら、手が震えた。

震えている理由が、わからなかった。


次の日から、調べ方が変わった。

イランでも、黙示録でもなく。

日本の古代。サンカ。縄文。山岳信仰。奥多摩の祠。

検索しながら、あの記号に似たものを探した。

三日目の夜。

一つのブログにたどり着いた。

更新は止まっていた。最後の投稿は、二年前だった。

タイトルは「奥多摩で見たもの」。

写真が一枚あった。

あの祠だった。

同じ記号だった。

エマは画面に顔を近づけた。

記事を読んだ。

書いた人物の名前は、なかった。

ただ最後に一行。

「時が来たら、山へ行け」という言葉の意味が、少しだけわかった気がした。

エマはその一行を、何度も読んだ。

時が来たら、山へ行け。

エマは山へ行った。

呼ばれたわけではなかった。

でも、呼ばれていたのかもしれなかった。


ブログのプロフィール欄には、名前の代わりに一文字だけあった。

透。