← 轍(わだち)目次

第7章

ロンドン

婚約してから、彼のロンドン赴任に帯同した。観光ビザだったから、3ヶ月いて一度帰国して、また3ヶ月いた。

パーティに出た。上流の人間が集まる場だった。

女たちはよく笑った。でも目が笑っていなかった。

「ご主人、今年はボーナスがすごかったでしょう」 「まあ、うちは先月パリに行ったばかりで」

会話が、値踏みだった。

百合は相槌を打ちながら、ふと思った。芸能界と同じだ。場所が違うだけで、同じだ。

楽しくなかった。怒りでもない。軽蔑でもない。ただ、楽しくない。それだけだった。

あるパーティで、郊外の屋敷に招かれた。広大な敷地に、牧場があった。牛肉はハロッズに卸していると聞いた。

車が屋敷の門を入った時、庭に二本のポールが立っているのが見えた。

日本の国旗。イギリスの国旗。

風に、同じ重さではためいていた。

私たちのために、あれを立てた。

百合の胸に、何かが静かに落ちてきた。

でも後で気づいた。あの旗は、彼のために立てられたものだった。彼の父親への敬意を示すために。自分の利益のために。百合は、そこに付随していただけだった。

わかった。でもそれで、あの旗が美しかったことは変わらなかった。

動機が打算でも、旗は風に揺れていた。それは本当のことだった。

↑ 目次に戻る