金曜の昼休みだった。
眞子は窓際にいなかった。
誠は社食を見回した。
いない。
仕方なく一人で座って、コーラを飲んだ。
なんとなく、物足りなかった。
いつから、この時間を楽しみにするようになったんだろ。
夕方、眞子が誠の席に来た。
「今日、昼いなかったですね」と誠は言った。
「外食してた」と眞子は言った。「あげるもの、持ってきた」
A4の紙を一枚、誠の机に置いた。
手書きだった。
誠は読んだ。
見える範囲でやること
・現金を使える店で、現金を使う
・誰かに何かしてもらったら、お金以外で返す
・一人でできないことを、一人でやろうとしない
・封筒を開ける。全部読む
・怒る前に、誰が得してるか考える
・自分の暮らしを、毎日少し整える
誠は紙を見た。
「これ、全部やってること、もうある気がします」
「そうだよ」と眞子は言った。「気づいたら、もうやってた、ってなるのが一番いい」
誠は紙をもう一度見た。
「眞子さん、主権って言ってたじゃないですか」
「うん」
「俺、最初は大げさだと思ってました」
「今は?」
誠は少し考えた。
「自分の暮らしを、自分で決める、ってことですよね」
眞子は黙って聞いた。
「税金は取られる。マイナカードは作らされる空気がある。物価は上がる。でも」
誠は紙を持った。
「見える範囲で、自分で決められることが、一個でもあれば、それが主権なのかなって」
眞子は少し笑った。
今日は、一番静かな笑いだった。
「合格」
「テストだったんですか」
「ずっと」
誠は苦笑した。
「厳しいですね」
「人生はずっとテストだよ」と眞子は言った。「でも、答えは自分で決めていい」
眞子は誠の机から離れた。
「眞子さん」と誠は言った。
眞子は振り返った。
「ありがとうございます」
眞子は何も言わなかった。
ただ、少し頷いた。
それだけだった。