奥多摩から帰った夜。
拓海はソファに寝転んで、スマートフォンを見ていた。
いつも通りだった。
インスタ。X。ニュース。
いつも通りだった。
でも、見え方が違った。
ニュースアプリを開いた。
イランの話があった。
戦争の話があった。
政治家の話があった。
経済の話があった。
どうせ俺には関係ない。
いつもそう思っていた。
今日も、そう思おうとした。
思えなかった。
透の言葉が、頭の中で鳴っていた。
普通の人間には何もできない、と思わせること。それが支配の完成形です。
拓海はスマートフォンを置いた。
天井を見た。
六畳の部屋だった。
会社員二年目。
手取り二十二万。
趣味はハイキングとヒーロー映画。
彼女なし。
特技なし。
これが山下拓海という人間だった。
こんな人間が、何をできる。
そう思った。
そう思った瞬間、透の声が来た。
思えない、と思わされている、かもしれない。
拓海は起き上がった。
冷蔵庫を開けた。
ビールを取り出した。
飲もうとして、やめた。
代わりに水を飲んだ。
なぜそうしたのか、自分でもわからなかった。
テレビをつけた。
ヒーロー映画の続編が放送されていた。
主人公が、宇宙規模の敵と戦っていた。
爆発があった。
音楽が盛り上がった。
主人公が、ギリギリで世界を救った。
拓海はいつもと違う目で、画面を見ていた。
この映画を作った人たちは、何を伝えたかったのか。
特別な人間が、世界を救う。
普通の人間は、見ているだけでいい。
テレビを消した。
部屋が静かになった。
スマートフォンを手に取った。
透の連絡先を開いた。
メッセージを打った。
透さん、もう少し話を聞かせてください。山下
送信した。
すぐに返信が来た。
いつでも。透
拓海はスマートフォンを置いた。
窓の外を見た。
東京の夜景が広がっていた。
光が多かった。
同じ光だと思った。
同じ人間が、同じように夜を過ごしている光だった。
この光の一つ一つに、人間がいる。
当たり前のことだった。
でも今夜、初めてそう思った気がした。