エレズは話し始めた。
祠の前で。
杉林の中で。
川の音を聞きながら。
「計画は、私が生まれる前から、あります」
透とエマは黙って聞いていた。
「文書があります。非常に古い文書です。組織の最上層だけが持っている。私は断片しか見ていない。でも、三十年間の仕事で、全体が見えてきました」
「どんな計画ですか」とエマが聞いた。
「預言を、成就させる計画です」
「聖書の」
「そうです」
エマは膝の上で手を組んだ。
「やっぱり」と小さく言った。
エレズは続けた。
「最上層の人間は、聖書を預言として読んでいない。設計図として読んでいます」
「設計図」と透が繰り返した。
「ハルマゲドンを、起こすための設計図です」
「起こすため」とエマが言った。「待つためではなく」
「そうです。彼らは待っていない。作っています」
風が吹いた。
杉が揺れた。
三人はしばらく黙った。
「遺跡は、なぜ標的なんですか」と透が聞いた。
「二つの理由があります」
エレズは地面を見た。
土だった。
奥多摩の土だった。
「一つは、記憶を消すためです」
「記憶」
「あの遺跡群には、計画より古い記憶が残っている。人類が、別の生き方をしていた時代の記憶です。その記憶が残っている限り、人間は思い出せる」
エマが顔を上げた。
「思い出せる」と繰り返した。
「何を」
「同じだということを」
エマの目が、変わった。
エレズはそれを見た。
この女性は、すでに知っていた。
体で知っていた。
「月のことも、知っていますか」とエマが聞いた。
エレズは少し驚いた。
「知っています」
「忘却装置として」
「そうです。遺跡にある記憶は、月の周波数を相殺する可能性がある。だから消す必要があった」
エマの目が、また変わった。
「原っぱの朝」と小さく言った。
「月が沈んだ直後でしたか」とエレズが聞いた。
エマはうなずいた。
「そうだと思いました」
エレズは静かに言った。
「2012年以降、月の管理が変わった。だから今、気づく人間が増えている」
透が言った。
「エアが」
エレズはうなずいた。
三人は少し黙った。
同じことを、それぞれの場所で、それぞれの方法で知っていた。
「二つ目の理由は」とエレズは続けた。「天の門を、地上に描くためです」
「星座の形に」と透が言った。
「知っていましたか」
「エマが気づきました」
エレズはエマを見た。
「地図を作ったんですね」
「壁に貼りました」とエマは言った。「青い丸を結んだら、形になりました」
「正確に気づきました」
「天の門を描いて、どうするんですか」とエマが聞いた。
「召喚です」とエレズは言った。
沈黙があった。
「何を」と透が聞いた。
エレズは祠の記号を見た。
螺旋を見た。
「彼らが神と呼ぶものを、呼び込もうとしています」
「神」とエマが言った。
「彼らが言う神です。本当の意味での神かどうかは、私にはわからない」
川の音が、続いていた。
鳥が、一羽飛んでいった。
「イエスのことを、知っていますか」とエマが聞いた。
エレズは少し間を置いた。
「組織の中では、別の話として知っていました」
「本当のことを知っていましたか」
「断片は、知っていました」
「なぜ言わなかったのですか」
「言える立場ではなかった。でも」
エレズは祠の記号を見た。
「マリアとイエスの話は、月の忘却を超えた繋がりの話だと、ずっと思っていました」
エマが静かに言った。
「同じだと思っていたんですね」
「そうです。形は違っても、同じだと」
「いつですか」と透が聞いた。
「停戦が終われば、次のフェーズに入ります。ユーフラテス川沿いの遺跡群が、次の標的です」
「どのくらい時間がありますか」
「わかりません。でも、長くはない」
エマが口を開いた。
「止められますか」
エレズは正直に言った。
「一人では、無理です」
「三人では」
エレズは透を見た。
透はエレズを見た。
「わかりません」とエレズは言った。「でも、やらなければ、確実に止まらない」
エマは祠の記号を見た。
螺旋の中心を見た。
長い間、見た。
それから言った。
「記号の意味を、知っていますか」
「知りません」とエレズは言った。
「螺旋は、答えです」
「何の答えですか」
エマはエレズを見た。
真っ直ぐ見た。
「同じだという答えです」
エレズは螺旋を見た。
中心から外へ。
外から中心へ。
同じ線が、繋がっていた。
切れていなかった。
どこまでも、繋がっていた。
「彼らが召喚しようとしているものも」とエマは続けた。「同じものだと思います」
「どういう意味ですか」
「神も、人間も、遺跡も、ユーフラテスも、あなたも、私も、全部同じものです。それを思い出せば、召喚する必要がなくなる」
「なぜ」
「すでに、ここにあるから」
エレズは黙った。
長い間、黙った。
杉を見た。
根を見た。
梢(こずえ)を見た。
その間の幹を見た。
三十年間、空にいた。
根がなかった。
でも今、土の上に座っていた。
奥多摩の土の上に。
同じ土の上に、透とエマがいた。
「私は」とエレズは言った。
声が、少し変わっていた。
自分でもわかった。
「三十年間、間違えていました」
透もエマも、何も言わなかった。
「でも、今日ここに来ました」
「そうですね」と透が言った。
「それで、十分だと思います」とエマが言った。
風が止んだ。
杉が、静かになった。
川の音だけが、あった。
エレズは初めて、深く息を吸った。
奥多摩の空気だった。
湿っていた。
緑の匂いがした。
悪くなかった。
初めて来た時も、そう思った。
「何から始めますか」と透が聞いた。
エレズは三人の顔を見た。
透。
エマ。
そして、自分。
空から見る者。
地から探す者。
その間に立つ者。
「文書があります」とエレズは言った。「計画の文書です。私が持ち出せるかもしれない」
「それが外に出れば」と透が言った。
「計画が、計画ではなくなります」
「人間の意志だとわかる」とエマが言った。
「そうです。神の意志ではなく、人間の意志だとわかります」
エマは立ち上がった。
祠の前に立った。
記号を見た。
螺旋の中心を、指でなぞった。
触れた瞬間、何かが変わった気がした。
気のせいかもしれなかった。
でも、気のせいとは思えなかった。
「やりましょう」とエマは言った。
振り返った。
透とエレズを見た。
朝日が、杉林の間から差し込んでいた。
三人の顔を、同じ光が照らしていた。
同じ光だった。
ずっと、同じ光だった。