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第九章

前夜

三週間後の一週間前。

五人は再び東京に集まった。

今度は透のアパートではなかった。

弥山が用意した場所だった。

奥多摩ではなく、東京の下町の、古い倉庫だった。

弥山が中にいた。

そして、もう一人いた。

透は入口で止まった。

気配が違った。

人ではなかった。

人の形をしていたが、人ではなかった。

「驚くな」

弥山が言った。

「エアの使者だ。直接介入はできない。だがこれくらいなら、宇宙法の範囲内だそうだ」

使者は若い男の外見をしていた。

三十代に見えた。

肌が、微かに発光していた。

目が、透明だった。色がなかった。

使者は五人を見渡して、言った。

声が、複数重なって聞こえた。

「エアからの伝言を届ける。三週間後、実行日の詳細と、各自の配置を伝える」

五人は静かに聞いた。

「ロンドン、クレオパトラの針。アルジュナ」

アルジュナが頷いた。

「パリ、コンコルド広場のオベリスク。エリック」

エリックが頷いた。

「ローマ、サン・ピエトロ広場のオベリスク。ソフィア」

ソフィアが目を閉じて、頷いた。

「ワシントン、ナショナル・モールのワシントン記念塔。レイニー」

レイニーが石板を抱えたまま、頷いた。

「ニューヨーク、セントラルパークのオベリスク。透」

透は頷いた。

使者が続けた。

「実行時刻は、グリニッジ標準時で午前零時。全員、同時だ。一秒でもズレると、周波数が打ち消し合う」

「同時というのは、どうやって確認する」

エリックが聞いた。

「確認しない」

使者が言った。

「信じる」

沈黙があった。

「体が知っている。同じ詩を、同じ意図で唱えれば、時間は合う。頭で計算するな。血で動け」

レイニーが静かに言った。

「それは我々の先祖が、ずっとやってきたことだ」

使者が初めて、表情を変えた。

微かに、笑った。

「そうだ。お前たちの血が覚えている。信じろ」


使者が去った後、倉庫に六人が残った。

弥山が透を見た。

「お前に言っておくことがある」

透は弥山の前に立った。

「コンラートは、実行日に動く」

「俺を止めに来るか」

「直接は来ない。だが、ニューヨークのオベリスクの周辺に、人を配置する。お前がオベリスクに触れる前に、物理的に止めようとする」

「どうすれば」

「サンカの血を使え。気配を消せ。人混みに溶けろ。誰にも気づかれずに動くのが、サンカの本質だ」

透は頷いた。

弥山が続けた。

「そしてもう一つ」

弥山の目が、真剣になった。

「お前は遠視ができる。実行の瞬間に、遠視を使え」

「何を見るために」

「他の四人を見ろ。全員が動いているかを確認しろ。一人でも止まっていたら、その場で判断しろ」

「判断とは」

「詩を、一人で五人分唱えられるか、考えておけ」

透は何も言えなかった。

弥山は続けた。

「最悪の場合の話だ。だが、サンカは常に最悪を想定する。それが生き延びてきた理由だ」


三日前。

五人は別れた。

それぞれの都市へ飛んだ。

透はJFK空港に降り立った。

ニューヨークの空気を吸った。

重かった。

情報が多い街だった。欲望が多い街だった。

そして、オベリスクがある街だった。

透はセントラルパークへ向かった。

下見をした。

オベリスクは、メトロポリタン美術館の裏にあった。

思ったより小さかった。

高さ二十一メートル。三千五百年前のものだった。

観光客が写真を撮っていた。誰も気にしていなかった。

透はオベリスクの前に立った。

触れなかった。

まだだ。

だが、感じた。

微かな振動が、地面から伝わってきた。

動いている。今も、ずっと動いている。

透は周囲を確認した。

普通の観光客。ジョギングする人。犬を連れた人。

その中に、三人、気配が違う者がいた。

コンラートの人間だった。

透は気づかないふりをして、立ち去った。


前日の夜。

ホテルの部屋で、透はアルジュナの詩を聞いた。

百回は聞いた詩だった。

今日は、違った。

全部、わかった。

タミル語の意味が、血の中から浮かんできた。

翻訳ではなかった。

理解だった。

詩は、こう言っていた。

我々はここから来た。海の底に今もある故郷から。忘れたことはない。一度も忘れたことはない。眠っていただけだ。今、目を覚ます。今、思い出す。我々は一つだった。また一つになる。

透は目を閉じた。

ムーの記憶が来た。

海が来た。

沈んでいく陸地が来た。

船が来た。

散っていく人々が来た。

赤、黒、黄、白、青、緑。

六つの方向へ、散っていった。

そして今夜、戻ってくる。


透はスマートフォンを見た。

全員からメッセージが来ていた。

アルジュナ:準備できた。テムズ川が今夜は静かだ。

エリック:コンコルド広場を三回歩いた。オベリスクが俺を認識した気がする。

ソフィア:ローマの夜は暖かい。サン・ピエトロの石畳が、懐かしい感じがする。

レイニー:ワシントンの夜空に星が多い。石板を持ってきた。重いが、手放せない。

透は返信した。

明日、また会おう。場所は違うが。

全員から、同じ返信が来た。

また会おう。


透は眠ろうとした。

眠れなかった。

当然だと思った。

窓の外を見た。

ニューヨークの夜景が広がっていた。

眠らない街だった。

透はふと思った。

この街の人たちは、明日何かが変わることを知らない。

知らなくていい。

ただ、目が覚めやすい世界になる。

気づくかどうかは、それぞれが決めることだ。

エアの言葉を思い出した。

人類が自ら選択する権利を侵さない。

俺たちがするのは、選択肢を増やすことだ。

透は目を閉じた。

今度は、眠れた。

夢は見なかった。